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1997.4.1
 音楽というのは、気持ちいいものという部類に入る。だから、「この曲かっこいい」というのと、「あの女の子かわいい」と思うのは同じだ。だから、それは知識ではなく、賢くなることとは無関係、と言った人がいる。へー、とか思う。そこまで生理に無頓着になれるというのは、男らしいけど、でもねえ。賢くなるなら、知識は体系的に持たないとマズイでしょ。雑学博士になりたいならいいけど。うんちくオヤジとかさ。で、大系を知れば、「この曲カッコイイ」は、その大系の中に位置づけられるだろうし、「あの女の子かわいい」は、自分の欲望の大系の中から発することでしかないというのも分かるはずなのにね。ま、同じって言ってしまってもいいけど、それって凄く恥ずかしいというか、欲望剥き出しというか、野獣のようなセックスというか、したたる精液というか、そういうものになっちゃわない。二重の意味で間違うから。何にせよ、刺激に対する自分の反応は、それを位置づける大系の中からしか出てこない。本能を過大評価するのはそろそろやめた方がいいんじゃない?とか言ってしまうのは、大きなお世話だろうけど、でも、感性と本能と能力と才能と感覚と知能と知識は、全部別のものとして捉えてないとまずいかも、とは、本気で思うよ。


1997.4.2
 一日中、家にいないと、さすがに原稿は書けないね。でも、外にいると、いたるところで櫻見物が出来て、これはこれでまた楽しい。しかし、私は、飲んで騒いでの、俗に言う「お花見」はしたことないのでした。別にしたいとも思わないけど。お酒を飲まなくても、喋り倒すし、騒いでるから、酒を飲むのは、味を楽しみたい時だけです。だから、私は、「酒の上のこと」というのを認めません。自分の言ったこと、したことには責任を持とうね。じゃなかったら人前で酒を飲むな。というようなことを、ゲロまみれのホームを見て思うのでした。うさは一人で晴らすもの。


1997.4.3
 久しぶりに、明石家さんまとビートたけしによるコントを見た。考えてみれば、ああいうベタなコントって、いつの間にかテレビから消えていたんだな、と思う。それにしても、今のお笑いって、テンポが凄く遅くなったんだな、と、超スピードの二人を見ていると思う。あれはあれで、80年代初頭の時代の空気だったのかなあ。ホント、速かった。ダウンタウンが、アンチ・ひょうきん族で、ドリフ世代の代表として売れてしまったことも原因だろうか。今のテレビで、明石家さんまと高田文夫と島田洋七のスピードは、完全に浮いている。好きだけど。


1997.4.4
 人生相談は不思議だ。相談内容はいつも何らかの隠し事を含んでいるし、それを本人が気が付いていない、もしくはバレないと思っているケースが多い。そして、それを表沙汰にして、「だから、それってこういうことじゃない?」という形で答えると、その答えには決して相談者は満足することはない。それが正解だというのに。そういう時に限って、いきなり「人生に正解は無い」などという言葉を持ち出したりもして。でも、相談には正解があるのだし、相談は、それが例え人生相談であっても、人生では決してない。もしも、答えてもらいたい何かが最初からあるのなら、もはや相談ですらない。「知り合って、セックスまでしたのに、その直後から音信不通になってしまいました。これはどういうことなのでしょう?」というような相談など、「ふられたんです」で済むのだけれど、それに対して、「いや、でもセックスしたんですよ」と、見当ハズレな言葉を返してくる人もいて、相談と言うより、ただの愚痴だ。愚痴は愚痴で、言うのは構わないから、そういうのは相談にしないで欲しい。まあ、「でもセックスしたんですよ」というのが、見当ハズレである、ということも分からないからこそ、「相談」してしまうわけなので、ますます、人生相談の不思議はつのるばかりなのである。何にせよ、自分で決めて自分で動くしかないのにね。混乱を整理する、という意味以外に、人生相談に求めているものって何だろう。


1997.4.5
エンタテインメントということ(2)
(1はこちら)

 実は、みんな「娯楽」なんて、それほど好きではないのだろう。ただ単に「楽しむ」ためだけに何かをすると、それは「趣味」なんて呼ばれる。しかし、世の中には、「趣味と実益を兼ねる」なんて言葉があったり、「趣味が仕事にも役立つんです」なんて言う人がいたりして、趣味ですら実用だったり、もしくは、実用に繋がるものが、純粋な趣味よりも人気があったりする。そうやって、何をやるにも理由が必要になったり、「別にィ、他にやることないしィ」とかいう発言になったりして、何か間というものがない。俺も原稿書いてるから、言いにくいけど、「日経エンタテインメント!」なんかを読むと、そのへんの事情が凄く濃厚に現れていて、うんざりする。今や、「娯楽」も嗜むべき情報だったりして、問題は「好き・嫌い」ではなくて、「知ってる・知らない」になっている現状が見えてくる。そういう人のための、「娯楽」知識の雑誌が「日経エンタテインメント!」だったりするのだ。だから、この雑誌には「最新の情報」は、決して掲載されない。そんなものは、まだ知らなくていい情報だから。先端は常に少数派だから。「面白い」を追いかけるのではなく、現代の常識としての「話題」を追いかける。それで売れているというのだから、世間はエンタテインメントなんて好きじゃないと思ってしまうのも無理はないことだろう。多分、それは今に始まったことではなく、戦後の日本というのはそういう国だったのではないか、という気がする。大人の男の娯楽がセックスしかない、という悲しい現実を考えると、結構根は深いようにも思う。「さもしさ」の起源って感じね。
(続く)


1997.4.6
 (お休み)
だって、熱あって、頭痛いの。


1997.4.7
 つまらない大人になりたくない、とか、大人は分かってくれない、とか、いつか大人になるけれど、とか、大人には見えない、とか、Don't trust anyone over 30、とか、オヤジくせえ、とか、「えー、僕より年上だと思ってた」とか、何かそういう物言いって多い。で、スピードのGo Go Heavenとか、イエローモンキーズの楽園とか、そういう、ここではない何処か的な歌には、何故か、そういう物言いがカップリングされてたりして、でも、いつも、つまんない大人になりたくないのならば、結構努力がいる、とかいうことは言われなかったりして、それで、面白い大人になっちゃったりして、面白い大人って、何だか分からないけどカッコ悪くないか?とか、そういうことを考える。リアリティを感じられないのは、リアリティというものには、それなりの準備が必要というだけで、何にリアリティを感じるかなんて、自分で選びとった結果でしかないのに、「何処か」ということにしちゃって安心できるというのも恐ろしくはないのだろうか。別に、誰かが定義した世界に乗る必要もないし、誰かが決めた「大人」という枠を大事にする必要もない。そんなの、自分で作っていくのに決まってるじゃない。なのに、何故「つまらない大人になりたくない」という物言いが出てくるのだろう。要するに、なまけたいって言ってるだけか?自分で、いちいち、確認して、考えて、動いて、で、歳とっていったら、そんなの勝手に、自分なりの大人になるに決まってるのにね。このままいけば、つまんない大人になる気がする、とか、そう思ってるってことじゃない?それは、単に、そいつがそれまでの人間だというだけだ。で、それまでの人間に対して、わざわざ言い訳のネタ作ってやってるってのは犯罪とは言わないのだろうか?


1997.4.8
 歌舞伎を見に行くと、通し狂言よりも舞踊の方がはるかに人気があることが分かる。通し狂言は、物語が複雑でついていけないんだそうだ。また、舞踊の方が芸術っぽくて好きという部分や、舞踊は、イメージだけを解釈すればいいのを、「自分は分かる」と勘違いするというケースも多い。何となく、これが、最近の写真人気に繋がる気がしている。フィクションを引き受けるのはしんどいけど、写真のように、断片化されたイメージなら、その透き間に簡単に自己投影することが出来るし、「自分なりに」分かった気になれる。そういうリアリティしか欲しくないという気持ちは分かるし、それ以上の他者を受け入れたり、そういう部分があると考えたりするのがイヤだというのも、分からないでもない。でも、そうやって他者との距離が不明瞭なまま放っておくのって怖くないか?
 ま、そうやって、分かった気になる、というのが大事なんだろうからいいけど。でも、それって感性でも価値観でもないぞ。「分からない」というのも、結構大事なんだけどなあ(もちろん、それは、「興味ない」とは違う)。


1997.4.9
 最近のアメリカ映画、特に社会派ドラマを見ていて気になる点がある。何だか、アメリカの男は、強い女に疲れてるのかな?と思わせるシーンや設定が増えているのだ。特に、トム・クルーズの「ザ・エージェント」なんて、弱った男を甘えさせてくれる女こそ「いい女」だ、というのがテーマのような映画で、結構ビックリさせられる。「俺はもうダメだ。」と言いながら、自分に惚れているという確信の元、むりやりセックスを強要するというのは、正しいことのようなのだ。ヒロインはヒロインで、それを受け入れることを悩みながら、最終的には受け入れたあげく、男に流されてはダメだ、と主張する「離婚した女性の会」の面々を滑稽に描くことさえしてしまうという傍若無人ぶり。もはや、その男らしさは、気持ちいいとさえ言えるほどだ。「ザ・チェンバー」には、真実が知りたい、という主張の元、手助けをかって出てくれた女の子に犯罪まがいのことを要求する。そりゃ、日本の女の子はもてるわけだよな、とか思う。そういうのが好きな人は本当に多い。自分の彼氏がストーカーであっても、それを守ろうとする人も多い。「だって彼って弱いから」とかさ。泣くな!バカ。


1997.4.10-12

To know you is to love you.

オープニング

渋谷界隈での若い男女の連続殺人が話題になっている。
男の死体は全て撃たれている。女の死体は刺されている。

1:男

 人通りの多い歩道の端に立っている。端正な顔立ちの22才くらいの男。周囲から浮くか浮かないかのギリギリの線のファッション。歩いてくる女を見て近寄り声を掛ける。女、一瞬笑顔は見せるが、忙しいのか「ごめんねー」と去る。男が声を掛ける女は、基本的には派手目お水系。及びコギャル系。男は、そのまま立っているが、しばらくして、その女を尾行する。

2:女

 夜の渋谷を歩いている。派手な可愛い顔立ちで、小柄。やや可愛らしさを強調した服装。二人連れの男が声を掛けるが、びっくりした顔をするだけでとりあわない。男達はしつこく誘うが、そのうちあきらめて去る。
 ホテル街をさっきの男達が女連れで、ぶらぶらと歩いている。いきなり背後から銃声、二人の男は倒れる。逃げる女達。

3:男

 女のまわりに人気がなくなった途端、走り出す男。

4:女

 銃をバッグに無造作に放り込む女。

5:男・女の様々なシーン

 男、ナンパした女に平手打ちされる。
 男、その女を刺し殺す。

 女、しつこい男を前に泣き出す。
 女、その男に向かって銃を撃ち、頭部に命中させる。それを目撃して逃げる男を更に撃ち殺す。

 男、血塗れのシャツの上にコートを着込む。

 女、部屋の掃除をした後、銃の手入れをする。

 そういうシーンを繰り返す。男がナンパに成功したり、女が彼氏に甘えるシーンなどもあっていい。

 彼らが何故そういう行為をするのかについては分からないほどいいと思う。

ラスト・シーン

 刺殺男が立っている。拳銃女が向こうから歩いてくる。

 男、女に向かって歩き出す。

 すれ違う二人。刺殺男、拳銃女の後ろを歩いてくる女に声を掛ける。

 拳銃女、ちょっと振り返りながら、店へ入っていく。

 男、女と連れだって同じ店に入っていく。

 渋谷の通りで、あまり可愛くない女の二人連れに声を掛けるダサイにいちゃん達。


1997.4.13

極私的ムーンライダーズBEST10

01.ダイナマイトとクールガイ
02.愛はただ乱調にある
03.プラトーの日々
04.彼女について知っている2、3の事柄
05.Frou Frou
06.O.K、パ・ド・ドゥ
07.G.o.a.p
08.いとこ同士
09.モダン・ラヴァーズ
10.冷えたビールがないなんて

 以上、10曲。基本的に、1枚のアルバムから1曲以上は選ばない、という基準以外は、とりたてて意味はないリストです。今日のベスト10といった感じで受け取って下さい。1〜10の数字は順位ではなく、この順番で聞いてね、というような感じのものです。ま、ベストアルバムを、俺ならこういうふうに作る、というリストですね。


1997.4.14
 パソコンは、パーソナルな機械だ。だから、結構怖い。仕事で使うなら、道具だからいいけど、個人で使おうとすると、そのパーソナルさが牙を剥く。女性が比較的、年齢とは関係なく、パソコンに対して抵抗無く接することが出来るのも、そのパーソナルさ故だ。女の人は、自分の中に自分をいくらでも育てていたりするから、パーソナルな機械と向き合った時、平気でその中に「自分」を見つけることが出来る。もしくは、自分のようなものを作ってしまうことが出来る。それが、女性の社会性の無さと言えばそれまでかも知れないけど、社会性しかない男性は、パソコンと向き合うことで、自分に中に何も無いことがバレてしまう。だから、老いも若きも、男の人はパソコンが嫌い、もしくは、「これは道具だ」と言い張る。現在の、パソコンを巡る混乱は、このパーソナルな機械としてのパソコンを男の人が受け入れられないという部分と、道具としての、生産効率向上マシンであるパソコンを売りたい、使いたいという欲望が、相反するものだということに意外と誰も気が付いていないという事に由来している。さらに、女性がパソコンを使う、という行為を、自分の考えるパソコン像の中でしか捉えられない男の人が多いから、ますます話は混乱する。社会的であれ、と育てられてきた以上、そうなるのもしょうがないけど、「インターネットはからっぽの洞窟」とか読んで喜んでいる前に、自分の中が、個人としては空洞だという認識くらいは持っててね。とは思う。別にそれが悪いって話じゃないんだから。それはそういうものというだけのことなんだからさ。


1997.4.15

小顔八景

1.
「最近、小顔が流行ってるんだって。」
「えー?俺、裸の大将の方がいいなあ。」
2.
「俺、やっぱり小顔の女が好きだなあ。」
「小顔て、どがんと?」
3.
「私は、小顔がいいなあ。」
「私は、タマキンがいいなあ。」
4.
「俺、小顔って言っちゃうんだよね。」
「俺は、ボボかな。」
5.
「小顔っていいよね。」
「俺は、フレアの方が好きだけどなあ。」
6.
「あの子、小顔だぜ。」
「え?あの歳で子供いるの?」
7.
「小顔になったんだね。」
「失礼ね、そんな歳じゃないわよ。」
8.
「小顔なのよ、とにかく小顔、小顔よ。」
「小顔小顔って、お前はイスラム教徒か?」

ゴメン。


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