TORTAL DISTORTION完全日本語版


 販売元:BMGビクター(MAC版)
NECインターチャネル(WIN版)
  定価:9800円
動作環境:Mac, Win3.1, Win95


 「トータル・ディストーション」の作者であるジョー・スパークスは、かつて、マイク・セインツと二人でリアクター社を設立した。そこで開発された「ヴァーチャル・ヴァレリー」は、当時、まだマイナーな存在であったMacroMedia Director(当時はMacroMind)をオーサリング・ツールとして使った、初めてのエンターテイメントCD-ROMだった。その一年後、リアクター社は、あの世界的にヒットした「スペースシップ・ワーロック」を送り出す。この作品で、インタラクティブ・ムービーと呼ばれるジャンルが生まれ、Directorは、その手のCD-ROMタイトルの標準オーサリング・ツールとなった。
 ジョー・スパークスとマイク・セインツは、その後別の道を歩くことになり、しかし、その両者共に、三年近く新作を発表しなかったのは、それだけ「スペースシップ・ワーロック」のセールスがすさまじかった、ということでもあり、また、あの手の作品としては初めてだったことによる、ワーロック登場のインパクトは、容易なことでは越えることが出来なかったということだろう。

 そして、ついに登場した「トータル・ディストーション」は、やはりDirectorがオーサリング・ツールとして使われている。既に一部では、その動作速度の遅さや、オーサリング環境としての古さから、独自のオーサリング環境を使ってCD-ROMタイトルを制作するところも出てきているのだが、ジョー・スパークスはDirectorを選んだ。そして、その結果は、やはり元祖Director使いと言うに足る、従来のDirectorによるCD-ROMタイトルのイメージを変えるほどの作品に仕上がっている。
 まず、驚かされるのが、その動作速度だ。例えば、画面上のボタンをクリックしたら、ボタンが押された音が鳴る、というインタラクティブ・ムービーにありがちなシチュエーションを見てみよう。普通にDirectorを使ったのでは、どうしても、リアルタイムに画面上のボタンが押されるアニメーションと、そのクリック音はズレるのだが、この作品では、完全に同期しているとは言わないまでも、ほぼ満足できるスピードで音が追従する。また、シーンの移動やムービーの呼び出し、マウスクリックによる画面の変化などのスピードがケタ違いに速い。
 これは、MacroMedia社との付き合いが古いジョー・スパークスならではのテクニックもあるが、このゲームのために、MacroMedia社が、LINGO(Director用の開発言語)のコマンドを拡張したことにもよっている。
 しかし、実際、ここまで見事にDirectorを使いこなした作品は他に知らない。

 このゲームの舞台の中心になる、メディアタワーと呼ばれるタワーの中に用意されている様々な本(図1)も、Directorの新たな可能性を見せてくれる。ここに用意された40冊以上の本は、それぞれが、ミニゲームやパズル、インタラクティブな絵本などの仕掛けが施されているのだが、そのどれもが、シェアウェアで流通させても構わないくらいの、出来の良い作品になっているのだ。中でも「怒りのハンマーパンチ」(図2)という本は、格闘ゲームが出来る本なのだが、その3Dキャラクターの動きや、ボタンによる反応速度など、Directorで作ったとは思えない反応の良さだ。この手のアクション性の強い動作はDirectorが最も苦手とするところで、他のDirectorを使った作品を見れば分かるけれど、動作の追従性の悪さが、かえってゲームの難易度を高めている、ということもあるほどだ。しかし、この「怒りのハンマーパンチ」では、そんなことを感じさせない。普通の格闘ゲームとして普通に遊べるのである。同じく本として用意されている「とにかく壊せ!」(図3)というアクションゲームも、スムーズな反応を見せてくれる。これは、当たり前のことのようだが、オーサリング・ツールには、それぞれにクセがあり、得手不得手があるわけで、この場合、Directorの最も苦手とする部分をクリアした、ということは、他の部分では、いくらでもDirector本来の機能が発揮出来るということなのだ。
 他にも、超能力開発の本や、即興詩を次々と作り出す本、写真を使ったモンタージュ風の百面相が楽しめる本(図4)、60年代文化の中心地ハイト&アシュベリーを案内する本など、それだけで一つのCD-ROMになりそうなアイディアと技術が満載されている。
 このゲームは、基本的なラインとしては、見知らぬ世界を旅し、敵の妨害を撃破しながらビデオ素材を探し、撮影し、それを使ってビデオクリップを作る、というアドベンチャー・タイプの作品なのだが、そんなことをしなくても、このメディアタワーの中だけでも充分遊べてしまうのだ。
 もちろん、それらの技術やアイディアは、世界を旅するパートでも存分に使われている。特に、ギターウォーリアーとの戦い(図5)では、相手の発するコードと同じコードを弾くことで戦うのだが、そこでは、相手の音、グラフィック、自分の音が入り乱れ、もし、このソフトの動作速度が遅かったら、全くワケが分からない状態になるところを、楽しく遊ばせてしまう。しかも、音楽を中心にした世界での戦いとして、ギターと音を使うというアイディアも見事だ。

 この「トータル・ディストーション」のプロジェクトが起ち上がったばかりの、今から二年半ほど前に行われた、かつての相棒マイク・セインツのインタビューで、ジョー・スパークスに触れた発言がある。
「もし、ジョーがワーロックのゲームデザイナーをやっていたら、こんなゲームになっていただろう。『君はワーロックの船長だ。君は船に充分な燃料や食料、兵器が残っているかを注意しながら、宇宙を航行する』といった感じにね。」  さすが、元相棒と言うべきだろう。結局「トータル・ディストーション」は、その通りのゲームになったのだから。しかし、マイク・セインツは、その発言に続けて、それでは現実の世界に近すぎて、ゲームとしてはエンターテイメントに欠ける、と批判している。それについては、ジョー・スパークスが見事に解決した。シミュレーションの要素を、メディアタワーでの生活(食料や燃料、資金や武器の確保)と、ミュージックビデオのディレクターとしての仕事(ビデオの撮影、編集(図6)、プロデューサーとの交渉など(図7))の二つに分け、さらに未知の世界を旅するアドベンチャー・ゲームとしてまとめあげた。それに加えて、前述の本に代表されるミニゲームや小さなエンターテイメントの数々。これだけの要素がCD-ROM一枚に詰まっているのだ。ビデオの編集も、前景、中景、背景を別々に、シーン毎に合成出来るし、音楽も、タイトル、オープニング、曲、エンディングをそれぞれ設定できる。プロデューサーとの交渉も、それぞれの好みに合わせて、誰にどんなビデオを売り込むか、などの戦略が要求される。
 実際、CD-ROMタイトルとして、何らかの斬新な試みがあるわけではないのだが、ここまでツールを使いこなし、ここまで過激にエンターテイメントを追求したタイトルは、他には無い。この面白さ、過剰さを前にして、「新しい」ということに何の意味があるだろう。
(納富廉邦)
(DOS/V MAGAZINE MULTIMEDIA 1996.02)

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