多様化するマルチメディアソフト

 1993年の暮れ「GADGET」「MYST」が発売され一つの区切りがついたマルチメディアソフトは、1994年にいきなりボーダーレス化が始まった。この文章では、様々なジャンルに浸透していくマルチメディアソフトを、ジャンル毎に紹介していく。


1-1 ソフトウェアの浸透と拡散
 マルチメディアソフトは、1994年初頭から、生活の中にそれと意識することなく、自然な形で浸透していった。1994年3月に、他に先駆けて発表された、次世代機と呼ばれるマルチメディアプレーヤー「3DO REAL」や、その後登場が予定され、暮れに発売されるや爆発的な売り上げを見せた、セガの「サターン」や、ソニーの「プレイステーション」などによりCD-ROMというメディアが、家庭でも普通に鑑賞できるようになったのが、何よりも大きい要因だろう。また、ハイブリッド仕様などによる、マルチプラットフォームの実現で、パソコンの機種間における互換性が高まり、それにともなって、雑誌とCD-ROM、音楽CDとCD-ROMといった、メディアミックス的な使われ方が、頻繁に行われ始めた。既に、CD-ROM付き雑誌は、パソコン専門誌だけのことではなく、音楽誌や総合誌もCD-ROMを付録に付けるようになってきた。
 カラオケは、かつてのレーザーディスクを利用したものから、新曲が次々と登録される、MIDIと通信を利用したシステムへと、完全に移行し、もはや、通信ネットワークによるデータ配信システムは、カラオケによって、誰もが知っているシステムになっている。家探しに、インタラクティブなインターフェイスを用意したパソコンによるデータ検索システムを導入するところなどもあり、デジタルデータを利用したマルチメディア的なソフトは、街のあちらこちらで見られるようになっている。
 これらの状況が指し示すのは、マルチメディアソフトを、それと意識することなく使用する人々が増えてきたということだろう。
 それに比例して、従来のマルチメディアソフトと呼ばれる、CD-ROMによるエンターテインメント作品や、データベースなどの充実ぶりはもとより、教育用のソフトにエンターテインメント性を加味したエデュテーメントと呼ばれるジャンルや、同じく情報やデータベースにエンターテインメント性を加味したインフォテーメントなどの、新しいジャンルも生まれた。マニュアルやプレゼンテーションを、マルチメディア的な手法で行うことも、広告業界などでは普通のことになっている。
 1994年から一気に多様化したマルチメディアソフトは、これから浸透と拡散の方向に向かっていく。それぞれのジャンルでマルチメディアソフトがどのようになってきているのかを、取り上げてみる。

1-2 ゲーム
 次世代機と呼ばれるCD-ROMプレーヤーの各メーカーごとの乱立状態は、それぞれに個性的なソフトを生み出すことになった。
 セガは、それまでもアーケードゲームで圧倒的な人気を博した格闘ゲーム「バーチャファイター」のサターン版を発売した。これにより、家庭で「バーチャファイター」が出来るという、家庭のゲームセンター化に拍車をかけることになる。3Dグラフィックスをリアルタイムで生成することで、従来の決まり切った動きしか出来ないというゲームの制約を取り払ったこの作品は、技術とグラフィックと構成がどれも最高水準に近い。
 ソニーの「プレイステーション」は、やはりリアルタイムレンダリングによる格闘ゲーム「闘神伝」を主力ソフトとして発売した。この二つの格闘ゲームは、どちらも同じ「格闘」を扱い、どちらも3Dグラフィックスを用いながら、その肌合いが全く違う。仮想現実でのリアルな戦いを体験させることを目的とした「バーチャファイター」。アニメなどの世界を3Dで再現する「闘神伝」。ゲームに何を求めるかが、各人各様になってきたため、格闘ゲームという範疇に置いてさえ、多様化、細分化が行われているのだ。
 パソコン向けでは、シナジー幾何学の「Yellow Brick Road II」が、従来のインタラクティブムービーのイメージを打ち破る新機軸を見せた。3Dで描かれたキャラクターが冒険の中で、歌い踊るミュージカルシーンと、バトルシステムによるゲーム性の向上が、次世代機用ゲームのクオリティに負けないものを作り出した。ナムコが日本語版を発売したホラー・アドベンチャー・ゲーム「DARKSEED」は、H.R.ギーガーの既存のイラストを使い、イラストに合わせてストーリーを構成したゲーム。ゲームでデータの二次利用を用いたケースは珍しい。また、米スタンソフトウェアの「Under A Killing Moon」のような、マーゴッド・ギダーなどの映画俳優を使い、あたかも一編の映画を作るようにして撮影されたフィルムを利用したインタラクティブゲームも登場した。実写と3DCGの合成によるこの作品は、ストーリーも、ジョークも、もちろんグラフィックスも、全てがエンターテインメント作品として満足できるレベルにある。こういうホームエンターテインメント的なゲームが登場したのも94年の特徴だろう。
 さらに、ネットワーク上で他のユーザーと戦える「DOOM」(id Software/米)が、家庭で出来る双方向通信ゲームとして人気となった。単純なシューティングゲームながら、360度に回転する視界と、動作速度の速さ、そしてネットワークプレイが、ゲームの新しい可能性を見せている。

1-3 データベース
 データベースは、データの二次利用が行いやすいデジタルデータと、大容量記憶媒体であるCD-ROMの組み合わせで、マルチメディアソフトにもっとも合ったジャンルでありながら、これまで、これといったタイトルが少なかった。海外では、19000以上のアメリカ映画のデータを収録した「CINEMANIA,94」(マイクロソフト(米)/1993)、百科事典や年鑑世界地図、辞書などをCD-ROM一枚にまとめた「BOOKSHELF」(マイクロソフト(米)/1993)などの、豊富なデータと、良質の評論、画像データや動画データなどを組み合わせた、検索効率も高いタイトルが発売されていたが、日本では、著作権との絡みもあり、またデジタルデータによるデータ保管が立ち後れていたこともあり、データ数の少ないタイトルが主流だった。
 1994年になり、ようやく新聞社が動き出し、毎日新聞社が、10年分の縮刷版をCD-ROM化したり、朝日新聞社も電子出版に力を入れ始めた。94年暮れに発売された「ロイター 94年度版年間」(恒陽社)は、3980円という低価格で1993年11月から1994年10月までの、ロイターの報道写真データベース。400点の写真とナレーションによる解説で一年を俯瞰できる。他にも「新潮文学倶楽部」(新潮社/1995)のような、マルチウィンドウに対応し、検索したデータをいくつも並列に並べて参照することが出来るソフトも登場した。しかも、全てのデータが有機的にリンクしているため、次々に関連項目にアクセスできる。マルチウィンドウによるデータベースは、使いやすく、これからの主流になると思われる。
 「パトレイバー・デジタルライブラリー」(バンダイ/Vol.1,1993年・Vol.2,1994年)は、マルチウィンドウ、ハイパーテキスト的リンクの先駆けになった作品。ゆうきまさみ作の「機動警察パトレイバー」というマンガを中心にした、マニアックなデータベースだが、そのインターフェイスは全てのデータベースソフトのお手本ともなる出来だ。
 市場の盲点になっているような電子ブック対応ソフトには、良質のデータベースが揃っている。毎年四回発売される「競馬盤」(ユーマックス)は、競馬四季報のデジタル版。現役競走馬、騎手、調教師に関する基礎データ、過去のレース結果などを、シーズン毎に更新して発売している。他に小学館マルチメディアの「JR・私鉄全線全駅各駅停車の旅『北へ』『南へ』」のような、電子ブックプレイヤーの携帯性を生かした、電子ブックを持って旅に出ることを前提としたデータベースも発売されている。

1-4 アダルト
 アダルトは、大きく二つの流れに分かれている。一つは、動画を中心とした実写取り込み画像によるソフト。そしてもう一つは、アニメ系のイラストによるソフトだ。
 アダルトの実写取り込み系は、1993年までは、単に映像素材を持っているアダルトビデオの会社が、自社のストックをCD-ROMに焼き直すだけのものが主流だった。それが1994年になって、他のジャンルのインタラクティブムービーと比べても遜色のない作品が現れ始めた。KUKIが発売した「ヴァーチャル未亡人」は、3Dグラフィックスと実写を合成したサスペンス色の強い作品で、見事な仮想現実を作り出すことに成功している。KUKIは、1993年に「ZAPPINK」という、複数の動画を同じ時間軸で切り替えて見ることができるソフトを発表するなど、マルチメディアソフトの最先端を行くソフトを数多く発表している。「サドラマゾラ」(1994)「アマゾネーター」(1995)などは、ゲームとしても、またアダルトソフトとしても、一級品だ。
 ほとんど、KUKIだけがリードする形のアダルトソフト業界だが、従来の、過激な絵や写真が入っていれば売れる、という状況ではなくなり、様々な趣向をこらしたソフトが少しづつではあるが登場してきている。
 どちらかというと、セクシーより笑いの要素を濃くした「巨乳の巨塔」(アテナ映像/1994)や、アダルト版「ポップアップ・コンピューター」ともいえる、「Underground A to Z」(AT&I/1995)など、アダルトというより、別のアートにも近い作品が発表されている。特に「Underground A to Z」は、マルチメディアグランプリ受賞の「ポップアップ・コンピューター」を凌ぐセンスの良さと、チープな作りの傑作で、新たな文化を感じさせる。

1-5 ギャラリー/電子出版
 1993年の写真集ブームを受けて、マルチメディア写真集は1994年も大量に出版された。特に3DO REALでも再生できるフォトCDポートフォリオを利用した写真集がこれからの主軸になりそうだ。現状では「長谷直美写真集/本能INSTINCT」(竹書房/1994)、「葉山レイコ写真集/光の中で」(JANIS/1994)などの、書籍版で出版されていた写真集に、簡単なインタラクティブ性を持たせたものが主流だが、「FRIDAY10年史」(講談社/1995)のような、オリジナル企画の写真集も出始めている。
 個人の作品集にも良いものが多くなった。「KATSUHIKO HIBINO INTERACTIVE EXHIBITION」(デジタローグ/1994)は、アーティスト日比野克彦の多方面にわたる仕事を映像(パフォーマンスなどの記録、個展の映像など)、図版、テキストを使って、一覧できるすぐれた作品集。「Still Lifes」(シナジー幾何学/1994)は、女流写真家ダイアン・ウェッソンの処女写真集。世界でも初めての出版となるクオリティの高い写真集だ。他にも、1500枚の写真を収録した荒木帷経の写真集CD-ROM「アラキトロニクス」(デジタローグ/1994)など、マルチメディアの特質を生かした、書籍では出来ないことを実現した作品が出そろい始めた。
 電子出版にも見るべき作品は多い。ボイジャー(米)の「ComickBook Confidencial」(1994)は、アメコミの歴史と現在を、未公開の記録映画と、コード規制の資料、現在の代表的作家の作品などを通して見ることができる秀作。また、同じくボイジャー(米)の「Complete MAUS」(1994)は、アウシュビッツを描いた同名のマンガを丸ごとCD-ROMに収録し、関連資料、インタビューなどを付けた作品。ボイジャー(米)は他にも、CD-ROMマガジンの新しいスタイルを打ち出したパンクな雑誌CD-ROM「BLAM!」や、文字とグラフィックスを同列に扱って、見せる本を目指した「CINEMA VOLTA」などの野心的な作品を次々に生み出している。
 国産では、映画監督小津安二郎の作品リスト、スタッフ、キャスト、フィルム、評論などを一枚のCD-ROMにまとめた「Complete OZU」(東芝EMI/1994)や、テレビドラマをシナリオを中心にハイライトシーンなどと共にCD-ROMに収録した「誰にも言えない」(TBS/1994)などがある。この二つはどちらも、ボイジャーの「エキスパンドブック」という規格で作られている、いわばコンピュータ上で読む本。縦書き表示や、テキストと映像のリンクなど、デジタルメディアを意識した編集が容易に出来るのが特徴だ。そのエキスパンドブックのバージョン2を使って作られたのが「書を捨てよ、町に出よう」(ボイジャージャパン/1994)だ。寺山修司の作品を、様々な資料と共に、多角的に見せてくれる構成は、新しい本の誕生を感じさせる。マルチメディアソフトの代表的な作品といえるだろう。

1-6 教育/絵本
 ブローダーバウンド(米)のリビングブックシリーズは1993年の「おばあちゃんとぼくと」に引き続き「New Kids On The Block」という傑作をが登場した。単純な線と簡単なアニメーションで見せる、小さな詩物語は、大人の鑑賞にも耐える。たむらしげるの「銀河の魚」(ソニーミュージック/1994)も、絵本CD-ROMとして、ビデオやテレビと比べてもひけをとらない完成度を見せた。書籍、ビデオ、CD-ROMとそれぞれのプラットフォームで出版された「銀河の魚」は、同一作品のマルチプラットフォーム化に先鞭をつけた作品だ。それぞれのメディアに合わせて工夫された演出が良い結果を生んでいる。
 「マンホール日本語版」(バンダイ/1994は、子どもの「MYST」(CYAN(米)/1993)と呼ばれるほどの、クオリティの高い3Dグラフィックスを駆使した作品。創造力や感受性は、直接教育的な内容を含むより、楽しませる方が重要というスタイルが、エデュテーメントという言葉を生んだが、この作品は正にエデュテーメントソフトの代表格だろう。
 マルチメディアによる教育ソフトは、どうしても子供向けに偏りがちだが、エデュテーメントという方向性では「京都先年物語」(ヤノ電器/1994)がある。京都の闇を探索し、同時に充実したデータベースを参照しながら、日本の宗教観や死生観、輪廻などに支配させる平安京を体験し学んでもらおうという作品。暗いグラフィックとかなり突っ込んだ内容のため、相当な覚悟で見なければいけない作品だが、それだけ教育的といえよう。
 英会話学習ソフトも充実してきた。「NOVA CITY」(ノバシティインフォメーションサービス/1994)は、仮想の町ノバシティで英語での生活を体験するシステム。また、原作赤川次郎、音楽小室哲哉といった豪華スタッフによる英語体験CAIソフト「EMIT」(光栄/1994)など、従来のLL教育の枠を越えたタイトルが注目される。

1-7 その他のマルチメディアソフト
 1994年に目立ったのが、音楽とマルチメディアの融合である。見せ物小屋を主題にしたレジデンツの「FREAK SHOW」(ボイジャー(米)/1994)や、自らのバイオグラフィー、ディスコグラフィーから、プライベート、新曲等にいたるまで、様々な要素を一つのインタラクティブムービーにまとめあげたプリンスの「Prince Interactive」(トワイライトエクスプレス/1994)などは、エンターテインメントとしても一流だ。レジデンツはさらに1995年に新作「ジンジャーブレッドマン」(BMGビクター)も発表した。音楽CDにCD-ROMを組み合わせた戸田誠司の「HELLO WORLD:)」(シックスティミュージックネットワーク/1995)は、CD-ROMをライナーノーツ代わりに使っている。マルチメディアソフトの浸透はこのようにして行われていくようだ。
 カラオケのマルチメディア化は既に定着したが、ボイジャー(米)の「MACBETH」(1995)のような、演劇のカラオケが出来る作品も発表された。
 また、1995年のマックワールドエキスポでは、案内をデジタルデータで配布するなど、マルチメディアによるチラシ的なソフトも巷に出回り始めている。雑誌の付録のCD-ROMには、オリジナルのソフトやデータベースが付属するのも普通のことになってきている。
 パソコン通信環境をそのままシミュレートする「ニフティキャンパス」(BNN/1994)や、カー・ナビゲーション・システムと情報のリンクが可能なデジタル地図(マップウェア)「Map Fan」(インクリメントP株式会社/1995)などの、既成のジャンルにはなかった種類のソフトも登場してきた。
 他にも、占いソフト「幸運の天使」(メディアネットワーク/1995)や、競馬予想ソフト「馬連太院」(メディアネットワーク/1995)、ビデオドラッグソフトの「HIGHWAY」(イントリーグ/1994)、歴史的イベントをデータで検証する「ウッドストック」(BMGビクター/1994)など、マルチメディアソフトは完全にボーダーレス化した。今後はあらゆるジャンルへ浸透していくことと思われる。

以上