童話:まつむし

「このごろの子供達は紙芝居なんか見ないのかなあ」
秋晴れの、本当に気持ちのいい日なのに、紙芝居のおじさんは悲しそうな顔をして歩いていました。
「私が子供の頃には、一番の楽しみだったのになあ」
おじさんは、商売にならないことよりも、子供達が紙芝居を見なくなったことが悲しいのです。

そんなことを考えながら歩いていたので、何時の間にか随分と町外れまで来てしまいました。
「ほお、こんなところがまだこの町にも残っていたんだな。」
そこは、松林でした。といっても、ろくに手入れもされていないので、薮と言ったほうがよいのかも知れませんが。近くに学校があるのか「遠き山に陽は落ちて」のオルゴールが聞こえてきます。もう日も暮れるし、おじさんは、ここで一休みして帰ろうと思いました。そこに、一人の少年がやってきて、紙芝居を見せてくれと言いました。

昨日の少年が、あんまり嬉しそうに紙芝居を見るので、おじさんまで嬉しくなってしまい、今日もまた松林にやってきました。すると、今日は、あの少年の友達なのか、たくさんの子供達が待っていて、おじさんは、久しぶりに気持ちよく紙芝居をすることができたのです
松虫の音に、心地よく伴奏されながら、おじさんは、紙芝居を終えると、
「ああ、きれいな虫の声だ。」
と、呟きました。
子供達も、みんな虫の声に聞き惚れていましたが、一人だけ、昨日のあの少年だけは、ポロポロと、涙を流していたのです。
「ぼうや、どうしたんだい?」
おじさんは、その少年が大好きになっていたので、心配しました。

「むかしね、遊んだんだ、今日みたいないいお天気で。」
少年は話し始めました。
「夕方になって松虫の声がきれいで、ぼくが松虫欲しいなっていったんだ。そしたら、友達がね、とってきてあげるって言って。僕待ってたんだけど、暗くなるし、もう帰ったのかも知れないって思って僕も、おうちに帰ったんだ。次の日にね、行ってみたんだ、林の中に、お昼の明るいとき。そうしたらね、友達が倒れてたんだ。僕、怖くなって、涙が出てきて、走っておうちに帰ったんだ。」

いつのまにか、他の子供達は帰ったらしく、おじさんと、少年の二人だけになっていました。二人はじっと、松虫の声を聞いているようでした。
「おじさん、僕、松虫をつかまえてくる。」
おじさんは何か言おうとしたのですが、少年は松林の中に消えていきました。
少年の後ろ姿を見送ったおじさんの目には、涙が一杯になっていました。おじさんは、その場に座りこんで、口の中でごめんね、ごめんね、と繰り返しています。

もう、すっかり陽は落ちて、あたりは真っ暗になっていました。風が出てきて、松林がゆっくりと左右に揺れはじめました。そのなかから、ボンヤリとした影が現れました。よく見ると、さっきの少年です。でも、その姿はこの世のものではありませんでした。まとっている布のようなものも、その身体も、透き通っているようです。
「本当に、久しぶりだね。僕はすぐ分かったよ。」
と、少年は言いました。嬉しそうに笑っています。
おじさんは、泣きながら、ごめんね、ごめんねと言い続けていました。
「いいんだよ、こうしてまた一緒に遊べるんだもの。」
少年は、おじさんに手をさしのべました。ふたりは、抱き合い、転げ回って、遊びました。松の木々が、楽しそうに、大きく揺れています。
              
そして、夜は明けます。
少年は消えてゆきました。
紙芝居のおじさんは、松虫の声にじっと耳をかたむけています。おじさんの手には、一匹の松虫が残っています。アケガラスが一羽、影を落として飛んでいきました。