「書物と活字」
 ヤン・チヒョルト著、朗文堂、6667円

古今の名作活字を紹介し、その利用法を提示する。デザイナー必携の実用書兼、楽しく鑑賞できる美術書

 例えば、かつて、今は無き旺文社文庫で出版されていたものが、後に光文社文庫で出版される、というようなことがある。そして、旺文社文庫版が古くなってしまったために、光文社文庫版を買って読む。すると、同じ内容の本のはずなのに、何だか、妙に違うもののように見えたりする。それは、文字組や活字の書体が違うからだ。
 文庫本という、同じ大きさの、似たような紙を使っている本でも、文字の組み方や活字の大きさ、書体が違えば、印象は驚くほど違って見える。手書きの原稿よりもワープロで打って印刷した原稿の方が、何となくよく出来てるように見えるという印象を持つ人も多いだろう。それほど、文字の形や文字の組み方は、読み手の印象を左右するものだ。内容が同じでも、読みやすくレイアウトされた読みやすい活字の文章は、すいすいと読めて、読後感もいいのに、行間が詰まっていたり、読みにくい活字だったりすると、内容以前に、読み進むことが困難になって、結局、ツマンナイ本を読まされたような気分になることさえある。
 DTPが普及した今、意外と書体と印刷についての問題について自覚的なデザイナーが減っているような気がするのは、私の気のせいだろうか。エディトリアルデザインとは、本来、文字組と書体をきちんと組み合わせる作業だったはずなのに、写真などのビジュアル素材と、地紋に、どう文章を割り付けていくかの方がメインの仕事になっているように見える。
 書体や文字の並びが美しい本は、それだけで、持っていて嬉しい。この本は、書体と印刷の関係について、ひたすら実例だけを羅列してある。ただ見ているだけでも、書体についての感覚が磨かれていくような、そんな本なのだ。
 さらに、当たり前だが、この本は、その装丁やデザインを含めた全体の仕上げが美しい(この手の本で、本が美しくないのは、まるでエステの受付嬢が綺麗じゃないようなものだからね)。実用的で、持っていて嬉しくなる。デジタル時代の印刷物の一つの方向性を示した本でもあるのだ。