映画渡世 天の巻・地の巻
マキノ雅広自伝
マキノ雅広 著 
ちくま文庫 天の巻940円 地の巻980円

 エンターテイメントは、面白くなければならない。それは、映画でもマルチメディアでも同じ事だ。そして、もちろん、面白ければいいというものでもない。面白い、という一言には、様々なレベルがあり、そこには、ある一定の水準がある。水準を無視して、とてつもなく面白いものが出来上がる場合も、ごく希にはあるが、それは、一部の天才にだけ許された行為だと思う。
 この本の著者マキノ雅広監督は、天才であったけれど、面白いものを作る、ということのオーソドックスな文法をしっかり踏まえている人でもあった。だからこそ、50年余りの監督としてのキャリアの中で、261本もの映画を撮り、そして、その全てが面白い。
 「映画渡世」と題された、この本には、モノを作るということ、面白い、ということ、そして、一つところに止まらずに、常に映画を愛して作り続けるということの、素晴らしさと、切なさと、難しさがたっぷり詰め込まれている。サイレント時代から、トーキー、ワイドスコープ、カラーと変化していく状況にも、いち早く対応し、時にはまだ誰も知らない手法を駆使しながらも、きちんと、面白いモノを作る、その姿勢は、映画だけに限定されず、全てのモノ作りに携わる人たちのバイブルともなる内容だ。
 現在のマルチメディアの草創期にあって、誰もが試行錯誤の中で、何かを積み上げようとしている状況で、こういう、先人の試みや、ホンモノの現場の息吹を生き生きと感じさせる文章に触れることは、何よりの励みになり、勉強になるはずだと思う。そして何より、この本そのものが、マキノ監督の、素晴らしい名作「死んでもらいます」や「次郎長三国志」「浪人街」「鴛鴦歌合戦」などと同様、驚くほどに楽しく、おかしく、切なく、そして面白いのだ。語り、歌い、戦い、走り、踊る、エンターテイメントの楽しさを、今一度、この本を読んで、思い出して欲しいと思う。